グッドニュース(2025年)





グッドニュース(NETFLIX)



DATE

GOOD NEWS/韓国

監督:ピョン・ソンヒョン


<主なキャスト>

アムゲ(某氏)ソル・ギョング
ソ・ゴミョン:ホン・ギョン
パク・サンヒョン:リュ・スンボム
石田真一:山田孝之
久保隆弘:椎名桔平
前田聖午:キム・ソンオ
デンジ(隊長):笠松将
アスカ:山本奈衣瑠
        ……etc



目次


『グッドニュース(2025年)』の作品解説

キーワード『よど号ハイジャック事件(昭和45年(1970年))』

『グッドニュース(2025年)』のストーリー

『グッドニュース(2025年)』の感想



【作品解説】

 2025年10月に配信が開始されたNetflix映画。昭和45年(1975年)に起こった「よど号」ハイジャック事件を題材に、ブラックコメディの要素を多分に含んだ韓国制作の作品。韓国の名優ばかりでなく、日本からも山田孝之、椎名桔平を始めとした豪華な俳優陣が参加している。





【よど号ハイジャック事件(昭和45年(1970年))】

 昭和45年(1970年)3月31日、羽田空港発板付空港(現福岡空港)行きの日本航空351便(JA8315号機:愛称「よど号」)が、羽田空港を飛び立って数分後、富士山上空に差し掛かった午前7時33分頃、日本刀や拳銃で武装したた田宮高麿をリーダーとする9名の赤軍派によって乗っ取られた。日本で初めてのハイジャック事件であった。犯人グループは乗員乗客を人質に、北朝鮮の平壌に向かうように要求した。

 新左翼党派の一つである共産主義者同盟赤軍派(赤軍派)は昭和44年(1969年)9月に結成された。第二次共産主義者同盟(ブント)の関西ブントを中心に結成され、結成当初は京都大学、立命館大学、同志社大学の学生など約400名が参加していたという。武装蜂起による革命を目指し、大阪戦争(昭和44年9月22日)や東京戦争(同年9月30日)のような騒乱事件を引きこそそうとするも警察の尽力によって思ったような成果を上げられなかった。同年11月には山梨県の大菩薩峠周辺の山中で軍事訓練を行っていた赤軍派が幹部を含め凶器準備集合罪などで53人が逮捕された(大菩薩峠事件)。弱体化を余儀なくされた赤軍派は、「国際根拠地論」を唱え、海外に後方基地(国外亡命基地)を獲得し、国内での非合法活動の継続と世界革命を同時に推し進めようという壮大な計画を立ち上げた。昭和45年(1970年)3月15日、赤軍派議長の塩見孝也が逮捕される。塩見は逮捕された際、「H.J」と書かれたメモを所持していた。しかし、これがハイジャックを意味するものだと、公安警察は気付かなった。田宮高麿をリーダーとするハイジャック実行予定グループは、自分たちに捜査の手が及ぶのも時間の問題だと考え、急遽3月27日にハイジャックを決行しようとするが不都合が生じ、31日に変更した。

 日本航空351便の運航乗務員は石田機長、江崎副操縦士、相原航空機関士の3名と客室乗務員4名が勤務にあたっていた。実行犯グループ9名を除いた乗客は122名。内2人はアメリカ人であった。実行犯グループは相原航空機関士を拘束し、北朝鮮の平壌まで飛ぶように命じた。しかし、北朝鮮と国交はなく、平壌までの飛行経路も、地形も、管制塔との交信の周波数も分からないような状況で飛行するのは自殺行為であった。江崎副操縦士はこの機が国内便であり、北朝鮮まで飛行するには燃料が足りないと説得して、板付空港に着陸することを認めさせた。実際には北朝鮮まで飛べるだけの燃料はあったという。日本航空351便から、横田と東京の管制と航空会社にハイジャックされたことが伝えられた。警察庁を通して防衛庁にもハイジャック事件発生の連絡が行き、航空自衛隊の小松、築城、春日の各基地から上げられたF-86が日本航空351便が板付空港に着陸するまで監視を続けた。8時59分、日本航空351便は板付空港に着陸した。

 板付空港は戦前の日本陸軍席田飛行場に始まる。戦後はアメリカ軍に接収され、朝鮮戦争では重要な軍事拠点となった。日本側も一部を使用していたが、施設の大部分がアメリカ軍から返還されて福岡空港になるのは昭和47年(1972年)のことであった。板付空港には福岡県警が機動隊を配備し、着陸した日本航空351便を再び飛び立たせないように対応がされた。燃料の給油をわざと遅らせ、故障と偽り航空自衛隊の戦闘機で滑走路を塞いだりした。しかし、これらの行動は実行犯グループを刺激した。石田機長が実行犯グループを説得し、戦闘機を退かすことを条件に、13時35分、23名の人質が下ろされた。13時59分、日本航空351便は朝鮮半島に向けて飛び立った。機長は地図を受け取ったが中学生用の地図帳から切り取った航空経路も記されていたいもので平壌に赤丸が付けられていたという。地図の隅には非常用緊急周波数を使用せよと書き込まれていたという。

 日本航空351便は朝鮮半島の東を北上し、14時40分頃、進路を西に変更する。北緯38度線に沿って飛行しながら指定された周波数に呼びかけるがなかなか返答はなかった。しかし、平壌の管制を名乗る無線が入り、周波数の変更を指示した。これは韓国大統領の指示を受けた韓国空軍の管制官が北朝鮮の管制を装ったものであった。石田機長、江崎副操縦士は韓国内に誘導されていることに気付いたが、実行犯グループは朝鮮語も英語もほとんど理解できなかったため気付かれることはなかった。15時16分、日本航空351便は管制の誘導のもと「金浦国際空港」に着陸した。「金浦国際空港」では韓国中央情報部(KCIA)によって「平壌国際空港」に偽装する工作が行われていた。北朝鮮の国旗や朝鮮人民軍の服を用意し、朝鮮人民軍の兵士に偽装した韓国兵が実行犯グループを歓迎するプラカードを用意していた。駐機していた韓国や欧米の飛行機は離陸させられ、韓国や西側の雰囲気を出さないように周到に準備され、実行犯グループの目を欺き韓国内で事件を解決するために最善が尽くされた。

 しかし、完全な偽装は叶わず、異常に気付いた実行犯グループの一人が、北朝鮮についての質問を投げかけると上手く答えられなかったため、実行犯グループに偽装がバレてしまう。韓国当局は実行犯グループとの交渉を開始するが、偽装工作に激昂した実行犯グループはすぐに金浦空港を離陸し、平壌に向かうように要求した。韓国当局は日本航空351便のエンジンの起動に必要なスターターの供与を拒否した。当時の韓国政府の幹部には日本による統治時代に日本語をで教育を受けた者も多く、交渉は日本語で行われた。人質を下ろすことを条件に平壌に向かう許可を出すことも提案されたが、実行犯グループはこれを拒否した。4月1日未明、山村新治郎運輸政務次官ら日本政府関係者や日本航空社員がソウルに到着。午後には橋本登美三郎運輸大臣もソウルに向かい、金山政英駐韓特命全権大使らとともに韓国当局との調整や実行犯グループの説得にあたった。実行犯グループは食事の提供は受け入れつつも態度を軟化させることはなかった。日本政府はソビエト連邦や国際赤十字社を通じて北朝鮮当局と連絡を取り、人質を連れたまま日本航空351便が北朝鮮に向かった場合の保護を求めた。北朝鮮当局は人道主義に基づいた対応をとることを約束した。しかし、韓国当局は人質を乗せたまま平壌に向かうことは避けなければならなかった。これは前年12月に大韓航空の旅客機が北朝鮮の諜報員によってハイジャックされた事件の人質の一部が帰還していないことも判断に影響を与えた。

 実行犯グループの目を盗んで江崎副操縦士が紙コップに犯人の配置や武器などを紙コップに記して外に落とした。その情報を基に韓国当局は特殊部隊による突入も考えたが、日本側は人質の人命優先を理由に反対し、韓国当局は突入を断念した。日本側は人質が解放された日本航空351便を北朝鮮に向かわせるように韓国当局に申し入れ、韓国側もこれを了承した。実行犯グループに山村政務次官が身代わりの人質となることを申し入れる。橋本運輸大臣も身代わりの人質となることを申し出たが、現役閣僚を危険に晒すわけにはいかないと山村政務次官が名乗り出たという。韓国当局の乗客を人質としたまま平壌にはいかせない、という毅然とした態度を目の当たりにした実行犯グループの中にも焦りもあったのだろう。実行犯グループは人質交換を受け入れた。

 この人質交換は韓国当局の指揮を執っていた丁来赫(チョン・ネヒョク)国防部長官に意向は伝えていたものの了承を得たものではなかったし、丁長官は時期に実行犯グループの投降は時間の問題と考えていたため、韓国当局は面子をつぶされた格好となった、という面もあったという。その上、実行犯グループは山村政務次官の身元確認の証明を日本社会党の阿部助哉衆議院議員に行ってほしいという依頼を行った。しかし、阿部議員は前年9月に訪朝団の一員として北朝鮮に渡り、その際には強烈な韓国批判を行ったという。韓国政府としてはとてもビザの発給ができる人物ではなかった。しかし、人道的見地から韓国は入国を受け入れ4月2日、阿部議員はソウルに渡り、山村政務次官が本人であることを証言した。日本での報道は、韓国側の事情や立場を全く理解しない、韓国に批判的な報道が相次ぎ、人質解放の目途が立たないことに苛立つ人質家族の声が流され、世論は韓国批判に流れた。韓国では日本の事件でありながら韓国当局が矢面に立って事態の対応にあたっているにもかかわらず、韓国を悪し様に非難を繰り返す日本の報道に不満が高まった。しかしながら、この件に関して言えば韓国当局は人質の生命を最優先に事態解決に向けて最大限の配慮を行いながら事に当たった。

 人質の交換で合意したことは機内の乗客にも伝えられた。この頃には機内の人質たちにも限界が迫りつつあり、自分たちで実行犯グループを制圧し、脱出する計画が密かに進められていたという。4月3日、人質となっていた乗客と客室乗務員が解放され、山村政務次官が日本航空351に乗り込んだ。解放された人質は日本航空の特別便で帰国した。18時59分、日本航空351は金浦空港を飛び立ち平壌に向かった。北朝鮮に入った後も北朝鮮空軍の緊急発進も、管制からの無線連絡もなかったという。19時21分、肉眼で確認できた平壌国際空港の南南東に約25㎞離れた美林飛行場に着陸した。北朝鮮当局によって実行犯グループ9名、乗員3名、山村政務次官の計13名は確保された。実行犯グループが持っていた日本刀、拳銃、爆弾などは全て殺傷能力のない模造品であった。日本航空351便が到着すると北朝鮮は態度を硬化させ、日本が事件を北朝鮮に押し付けたと非難した。北朝鮮の人道的な配慮の約束を信じていた日本側はこの態度の変化の理由を測りかねた。乗員や人質の長期間の拘留が予想される事態となった。

 4日になると北朝鮮は再び日本を非難したものの、機体と乗員の返還を行う、と発表した。実行犯グループの亡命も受け入れた。日本政府はこの発表に、北朝鮮に謝意を表明し、事態解決に尽力した各国、各機関にも感謝を伝えた。5日朝、日本航空351便は美林空港を離陸。北朝鮮にはボーイング727のスターターがないため、モスクワ経由で平壌に輸送する案もあったが、北朝鮮の技術者が徹夜で対応してエンジンを起動させた。羽田空港に到着した日本航空351便は、橋本運輸大臣ら関係者に出迎えられた。最後まで人質となっていた山村政務次官と乗員3名の帰国によって事件は一応の決着を見た。



【ストーリー】

 1970年3月31日。日本航空351便「はる号」ではもうじき飛行時間1万時間になるベテランパイロットの久保隆弘機長に前田聖午副操縦士が祝福の言葉をかけていた。東京の羽田空港から福岡の板付空港へ向かうフライトは、その日もつつがなく終わるはずだった。ところが離陸した直後、日本刀や拳銃、爆弾などで武装した赤軍派にハイジャックされた。ハイジャック犯の中には若い女性や学生服姿の少年も含まれていた。日本の資本主義を破壊するために武装革命を起こすと言うリーダーのデンジはコックピットに乗り込み北朝鮮の平壌に向かうようにと機長らに命じた。国交のない北朝鮮に飛行することなど無謀であり、機長らは理路整然と説明するがハイジャック犯は理解しようとはしなかった。久保機長は燃料不足を理由に目的地の板付空港に着陸するように犯人たちに迫る。実際には燃料は十分だったが航空機に対して勉強不足だった彼らにはどの計器が何を意味するか分からなかった。ハイジャック犯は仕方なく板付空港への着陸を許可する。板付空港では理由を付けて給油を遅らせたり、自衛隊が嫌がらせのように戦闘機を正面に置いて妨害するくらいしかできなかった。飛行機内で病人が出て、給油することを条件に病人や女子供などが下ろされた。機長には中学生用の地図帳から破りとった地図だけが渡された。機長はこれを「行くなら勝手に行ってくれ」という意味だと解釈する。

 韓国にもハイジャック事件の報がもたらされる。ソウルでは「はる号」が韓国領空を通過するのではないかと対応が議論されていた。彼らの結論は「事件解決に協力して日本に恩を売ろう」というものだった。その中で暗躍する中央情報部長官のパクとも関りのある謎の男、アムゲ(某氏)。アムゲは空軍中尉のソ・ゴニョンを連れ出す。ゴニョンはアメリカ軍の最新鋭レーダー管制システム「ラプコン」に韓国人で初めて合格した優秀な男であった。ゴニョンの父親は朝鮮戦争で両足を失い、貧乏暮らしで酒に酔っては勲章代わりに授与された大統領からの腕時計を自慢するみじめな生活を送っていた。そのため、ゴニョンは人一倍出世欲が強かった。容貌も冴えず身なりもみすぼらしいアムゲを最初は嫌悪するゴニョンだが、金浦空軍基地ではトップシークレットのはずの施設に難なく入り込むアムゲに、只者ではないと気付く。ゴニョンには、アメリカ軍のコントロール下にあるはずの管制権を与えられるが、それがゴニョンに違法行為をさせるためだと悟る。ゴニョンは反抗するが、中央情報部部長からの電話がかかってくる。この時代の韓国で中央情報部に目を付けられるのは身の破滅を意味する。ゴニョンはソウルを平壌と偽り誘導する策を進言する。

 ゴニョンはレーダーによって韓国空軍の戦闘機が緊急発進していることを知った。それによって「はる号」の所在地も分かったが、韓国空軍はこの作戦を知らず撃墜の可能性もあるのではないかと慌てるゴニョン。しかし、「はる号」が休戦ラインを超え、戦闘機は引き返した。「はる号」は緊急周波数を使うとゴミョンは読んでいた。しかし、それは北朝鮮の管制から聞くことができる。つまり、一瞬でも早く「はる号」とのコンタクトに成功した方が勝つ、ということだ。ソウルと平壌の管制官同士の神経戦が繰り広げられ、ゴニョンはその勝負に勝利した。「はる号」はゴニョンの管制に従ってソウルの金浦空港に着陸した。その裏でアムゲは急いで金浦空港を平壌国際空港に偽装していた。ハイジャック犯の歓迎を装った韓国兵や女性たち。しかし、アメリカの旅客機や黒人のアメリカ軍人がハイジャック犯に見られたりしたことで疑われてしまう。何とか誤魔化したゴニョンだったが、今度はハイジャック犯は朝鮮軍の兵士に偽装した男に問いを投げ、それには答えられず偽装がバレてしまう。おとなしく平壌に送っておけばよかったという意見が大勢を占めはじめ、ゴニョンは勝手に金浦空港に「はる号」を下ろしたと責任を押し付けられることになった。石田真一運輸政務次官らが日本から駆け付け、ゴニョンの作戦を称えたことでゴニョンを巡る状況は少し変わる。「はる号」のハイジャック犯から「金浦空港に誘導した人間は機内に来るように」と指示が来る。「はる号」に入ったゴニョンが目の当たりにしたのは赤軍派の狂気や追い詰められた乗客たちの姿だった。その間に、アムゲは世論を動かすべく情報工作を始めていた。



【感想】

 実際に起こった「よど号ハイジャック事件」をモチーフにした作品。もちろん、あくまで「よど号ハイジャック事件」をモチーフにしながら大きく脚色したフィクションとなっているのだが、この映画で描かれた偽装工作や最後は日本の運輸政務次官が人質として乗り込むこと――とかだけではなく、大小様々に史実を多分に含んだ映画となっている。初めて見た時“板付”空港と連呼しているので“福岡”空港だろ、わざわざ地名まで変えなくても――と思ったら、当時はまだアメリカ軍の管理下だったと知って、こんな所もちゃんと再現して制作しているのかと驚いたものだった。実際の「よど号ハイジャック事件」は日本、韓国のみならず、受け入れ先の北朝鮮やソ連、アメリカも絡んでいただろうから公にされていない部分も多い。その中で、公になっている部分を上手く調理しつつ、歴史の闇になった部分に大胆な想像力を加えながら描いた良質な作品であった。

 韓国映画らしいかなり力の入った自虐的なブラックコメディ映画。誰もが事件解決の立役者という栄誉と名声を手に入れたい。誰もが綺麗事を叫んで聖人君子のような顔をしていたい。だけども誰も厄介事に手を出したくない。誰も責任を取りたくない。必然的に立場の弱い人間がその割を食うことになる。主要人物である韓国空軍の管制官ソ・ゴニョン中尉のモデルと言われている人物も現実に存在し、その人物は事件後、事件について口をつぐむように命じられ2年後には強制的に除隊させられたという。デンジが言っていた破壊されるべき資本主義の弊害がそのまま韓国、日本、アメリカの幹部たちの行動に現れてくる。もちろんハイジャックした赤軍派も含めて全方位を馬鹿にしまくって笑いを取っている作品ではあるが、そんな悲劇の中の喜劇のような出来事を通して世の不条理を描いた映画であったように思う。

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