GRACE OF MONACO/フランス,アメリカ,ベルギー,イタリア
監督:オリヴィエ・ダアン
<主なキャスト>
グレース公妃:ニコール・キッドマン
レーニエ3世:ティム・ロス
タッカー神父:フランク・ランジェラ
マリア・カラス:パス・ベガ
マッジ:パーカー・ポージー
ルパート・アラン:マイロ・ヴィンティミリア
デリエール伯爵:デレク・ジャコビ
オナシス:ロバート・リンゼイ
アントワネット:ジェラルディン・ソマーヴィル
ジャン・シャルル:ニコラス・ファレル
シャルル・ド・ゴール:アンドレ・ペンヴルン
ヒッチコック:ロジャー・アシュトン=グリフィス
……etc
『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札(2014年)』の作品解説
キーワード『グレース・パトリシア・ケリー(1929年~1982年)』
『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札(2014年)』のストーリー
『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札(2014年)』の感想
日本では2014年10月に劇場公開されたフランス,アメリカ,ベルギー,イタリア合作の伝記映画。ハリウッドの人気女優からモナコ公妃になったグレース・パトリシア・ケリーが、1962年にフランスとモナコ公国の間で起こった政治的な緊張(1962年のモナコ危機)に際し、いかな選択をしたか、その知られざる秘話を描いている。モナコ公室はこの映画に対して「必要以上に美化され、史実に対して不正確」と批判し、伝記映画ではなく完全なフィクションとしている。アルベール2世は父であるレーニエ3世の描き方に不満を覚え、プレミア上映に参加しなかったという。
モナコ公国は、南フランスのコート・ダジュールに位置し、世界で2番目に小さい面積の主権都市国家である。政治的には立憲君主制を採用しており、現在のモナコ公はアルベール2世(2005年~)である。アルベール2世の母、グレース・パトリシア・ケリーは1950年代を代表するハリウッド女優だった。1951年に22歳で映画デビューしたグレースは数々の作品でヒロインを務めた。気品あふれる美貌で、クールビューティーと称えられた。1955年にクリフォード・オデッツの舞台劇『The Country Girl』(1950年)をミュージカル映画化した『喝采』でアカデミー賞主演女優賞を受賞している。
人気絶頂だった1956年、カンヌ国際映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ3世(1923年~2005年)と結婚するために引退した。1956年1月に婚約が発表され、同年4月18日に法的な結婚式が、翌19日にモナコ大聖堂でカトリック式の結婚式が挙げられた。この世紀のウエディングはテレビで生中継され、3000万人以上が視聴したとされている。結婚後は女優としての活動を休止し、私生活ではレーニエ3世との間には3人の子供が恵まれた。公妃として精力的に活動した。慈善事業に携わり、モナコ赤十字社の総裁を務め、孤児院の後援者となったり、世界子ども友の会(AMADE)の設立に尽力した。芸術や文化継承にも精力的に取り組み、自身の名を冠したバレエ学校を立ち上げ若手ダンサーの支援をするなどした。
1982年9月13日、当時17歳のステファニー公女を隣に乗せて、自身で車を運転して南フランスの別荘からモナコに戻る途中で軽度の脳梗塞を発症した。運転を制御することができなくなり、そのまま急カーブでガードレールを突き破って約40mの崖から転落した。大破した自動車から救助され病院に搬送されたが、意識が戻ることなく翌日逝去した。グレース公妃の華やかに見える人生は順風満帆なものではなく、慣れない宮殿で生活に孤独を感じ、メディアや宮殿内からのバッシングを受けて傷ついたこのもあったという。公妃になった後にもヒッチコック監督からの映画出演の誘いに気持ちが揺らいだが、世論の反対もあり断念した。しかし、気高く生きた生涯であった。グレース公妃の葬儀は9月18日にモナコ大聖堂で行われ、各国の王族や要人の他、ハリウッド俳優など約400人が参列した。
1956年にハリウッド女優としての人気絶頂の中、26歳でモナコ大公レーニエ3世の結婚しモナコ公妃とななる道を選んだグレースは、それから6年が経ったがモナコ宮廷のしきたりに馴染めず孤立した生活を送っていた。そんな折、旧知のヒッチコック監督の最新作のヒロイン役のオファーが来る。監督直々の依頼に心揺れるグレース。しかし、モナコ公妃としての立場から即答は出来なかった。その頃、モナコ公国を取り巻く情勢は逼迫していた。長期に及ぶアルジェリア戦争での戦費の増大に悩むフランスのド・ゴール大統領が、モナコ公国内のフランス企業に課税し、徴収した金をフランスに寄こすようにと圧力をかけていたのだ。レーニエ3世はモナコ公国の国家基盤を揺るがす要求だとそれを断るが、ド・ゴール大統領は、要求を断るならモナコ公国をフランスに併合すると強硬姿勢を崩さない。
レーニエ3世はグレースの女優復帰を認めるつもりで、フランスとの問題が解決した後それを公表しようと思っていた。しかし、女優復帰の情報がマスコミに漏れ、モナコの市民からグレースがモナコを見捨ててアメリカに逃げようとしていると批判の声が上がる。グレースの良き相談相手であるタッカー神父は「モナコ宮廷の中ににフランスへの内通者がいる」と指摘する。フランスはグレースの立場を政治的に利用しようとしていた。1962年7月、レーニエ3世はフランスの圧力に屈し、モナコ国内のフランス企業への課税を認める。ところがド・ゴール大統領は、モナコ企業にも課税しフランスに支払うようにと、さらなる要求を突き付けてくる。ド・ゴール大統領はモナコ公国の国教を封鎖し、手詰まりとなったレーニエ3世はグレースに八つ当たりして、女優復帰の話も断るようにと命じる。そのことでグレースとレーニエ3世は口論になりグレースは離婚も考えるが、グレースはレーニエを愛していたし、タッカー神父の助言もあり思い止まる。グレースは、国のことを知るために勉強を始めた。フランス語や作法についても学び直し、大公妃としてあるべき姿を模索する。
レーニエはモナコ公国がフランスから受けている状況を世界に見せるためにヨーロッパ諸国やアメリカの施設を招待する準備を進めていた。モナコ公国が生き残るには国際社会の協力を得るよりない。グレースもまた、国境付近に集まったマスコミの前に現れて気さくに対応する。いくらド・ゴール大統領といえども、アメリカを無視できない。アメリカは世論を無視できない。アメリカをよく知っているグレースは、彼女のやり方でレーニエの力になろうとしていた。諸外国の要人を招いた晩餐会でグレースとレーニエは再会し、和解する。晩餐会で各国の要人たちに協力を求めるレーニエ。しかし、ド・ゴール大統領暗殺未遂事件が起こり、各国はフランスに遠慮してモナコ公国の一件から手を引くようになる。その上、モナコ宮廷のフランスの内通者がレーニエの姉夫妻であることまで発覚。レーニエは絶望に打ちひしがれる。グレースはヒッチコック監督に正式に映画出演の理を告げ、女優復帰への未練を断ち切る。そして、モナコ公国を救うために試してみたいことがあるとレーニエに打ち明ける。
二コール・キッドマンが演じる強く美しく気品あふれるグレース公妃の姿が印象的。覚悟を背負い、モナコ公国を救うスピーチの場面は鳥肌が立つほど格好いい。管理人はグレース・パトリシア・ケリーがハリウッド女優として活躍した時期など知る由もなく、彼女の死んだのも物心つく前なので、彼女について世界中からどれほど愛された人物か知らないが、それでも十分楽しむことができた。公室に入ったグレースが風習も習慣も違う中での苦労や表舞台への未練などを抱えながら、立派なモナコ公妃へと成長していく姿が丁寧に描かれていたと思う。その分、いろいろ“悪役”として描かれるモナコ公室から完全にフィクションと批判されても仕方ない穴、とは思う。物語の裏で暗躍する裏切り者の影などミステリー的な要素もあり、最後まで飽きずに見られた作品だと感じたので、伝記映画としてではなくあくまでエンターテイメントとして楽しめばいいのだろうと思う。