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風とライオン(1975年)





DATE

The Wind and the Lion/アメリカ
監督:ジョン・ミリアス

<主なキャスト>

ライズリ : ショーン・コネリー
イーデン : キャンディス・バーゲン
ルーズベルト大統領 : ブライアン・キース
ジョン・ヘイ国防長官 : ジョン・ヒューストン
グメール : ジェフリー・ルイス
              ……etc

目次
『風とライオン(1975年)』の作品解説
キーワード『ペルディカリス事件(1904年)』
『風とライオン(1975年)』のストーリー
『風とライオン(1975年)』の感想


【作品解説】

 日本では1976年4月に劇場公開されたアメリカの歴史アクション作品。1904年にモロッコで起きた誘拐事件をベースにしたR・フォーブスの小説「リフ族の首長」の映画化作品。モロッコの支配をめぐってフランスとドイツが争った1905年と1911年の2度のモロッコ事件の前夜にあたる時期を描いた作品。公開当時は、ミリアス監督が黒澤映画の大ファンだったこともあり、劇中の演出から「サムライ映画」と酷評する声もあったという。





【ペルディカリス事件(1904年)】

 モロッコはアフリカ大陸の北西部、太平洋岸に位置する。鉱物資源に恵まれた戦略的な要衝として争いが絶えない地であった。7世紀にイスラム教が成立し、勢力を拡大していくとモロッコもイスラム教化され、ジブラタル海峡を通ってイベリア半島へとイスラム教が伝播していく中継点となった。地中海を挟んでヨーロッパと最も近いアフリカの国の一つとして世界史上ではとても重要な国である。19世紀の帝国主義に世界が染まる中、当時鎖国政策を敷いていたモロッコも開国を余儀なくされ、イギリス、フランス、ドイツら列強が進出した。日本の開国とほぼ同時期であるが、極東の地にあって独立を守った日本と違い、地理的にヨーロッパから近いモロッコは列強からの圧力と武力侵攻を受け、モロッコの財政悪化や列強に弱腰の王朝に対する民衆の不満の高まりから地域の指導者らの間で抵抗運動など危機的な状況に陥った。

 1904年5月18日、モロッコのタンジールで資産家のギリシア系アメリカ人(と思われていた)、イオン・ペルディカリスと、その継子が、モロッコ人ムライ・アフメド・エル・ライスリに率いられた武装集団に襲撃され、誘拐された。ライスリはモロッコ国王に対し人質の解放の条件として、7万ドルの身代金、ライスリたちのモロッコ国内での通行の安全の保障、一部地域の統治権などを要求した。さらにその後、アメリカとイギリスにこれらの条件を満たすことを保証するよう条件が追加した。家に残されたペルディカリスの妻はアメリカ大使館に連絡することができ、事件はアメリカ合衆国セオドア・ルーズベルト大統領の知るところとなった。セオドア・ルーズベルト大統領は、1901年に前任のウィリアム・マッキンリー大統領が暗殺されたことで42歳で26代大統領となった。選挙を経ていないがアメリカの歴代大統領の中で最年少で大統領となった人物である。発展期のアメリカを強烈な個性とリーダーシップで引っ張った、現代でも最も偉大な大統領の一人として名が挙がる人物である。

 セオドア・ルーズベルト大統領は、モロッコの無法者がアメリカ人を人質に取るような真似を黙って認めるつもりはなかった。大西洋艦隊から7隻の艦船がモロッコ沿岸に送られた。しかし、人質救出のために海兵隊による軍事行動が出来ないことは分かっていた。その上、イオン・ペルディカリスはアメリカ国籍を放棄しており、その継子もアメリカ人ではないという事実もわかったが、ライズリはその事実を知らずセオドア・ルーズベルト大統領は交渉を続けることになった。アメリカはライスリの要求を飲むようにモロッコ国王に圧力をかけ、イギリス、フランスにも密かに協力を求めた。6月21日にモロッコ国王はライスリの要求を受け入れた。数日後にライスリは人質を解放した。セオドア・ルーズベルト大統領は、この人質「救出劇」によって国民からの支持を確固たるものとし、11月の大統領選挙で圧勝した。しかし、この事件ではアメリカが間接的ではあるが武装集団に屈して全ての要求を受け入れたという事実は忘れ去られた。それを取り繕うためか、6月の共和党大会ではジョン・ヘイ国務長官が「我々はペルディカリスが生きるか、ライスリの死かのいずれかを望む」という声明を発表した。さらに、イオン・ペルディカリスがアメリカの市民権すら持っていなかったという秘密は、1933年に歴史家が明らかにするまで隠されていた。


【ストーリー】

 1904年、モロッコの港町タンジール。白昼堂々と町の中を馬に乗った馬賊たちが駆け抜けていく。馬賊たちは高台の豪邸を襲撃し、次々と家人を殺害していく。賊は、女主人イーデン・ペデカリスとその息子ウィリアムと娘ジェニファーの3人を誘拐して去っていった。賊たちの首領はライズリ。預言者ムハンマドの血を引く砂漠の王者を自認する男である。西洋の列強がモロッコを蹂躙する現状に我慢ならず、イーデンらを人質に国際紛争を引き起こさせ、モロッコ太守に外国勢力をモロッコから撃ち払う号令を出させることを目的に起こされた誘拐事件であった。

 モロッコで起きた母子誘拐事件の報は、アメリカ国務長官を通じてセオドア・ルーズベルト大統領の下にも届けられる。この事件を国威発揚に利用しようと考えた大統領は、イーデン母子の救出を宣言する。ライズリのアジトへと連れていかれたイーデンは、ライズリの面子を何より――命より重んじる価値観が理解できず、そのプライドの高さに呆れるばかり。イーデンはライズリに、彼らの冒険主義の向かう先にあるのは破滅だけだと忠告する。しかし、生活を共にする中で、イーデンはライズリに惹かれるようになっていき、2人の子供たちも賊たちに馴染んでいく。

 アメリカでは、人質救出を求める国内世論に押されて、モロッコの太守との交渉を始める。セオドア・ルーズベルト大統領の武力行使も辞さず、という強硬姿勢は、モロッコの内情にアメリカを引きずり込みたいライズリの思惑通りだった。アメリカは大西洋艦隊をモロッコに派遣し、海兵隊がタンジールを占領する。海兵隊に拘束された太守はイーデン母子の解放と引き換えに、ライズリに自由を与えることを約束する。ライズリと協力関係にある部族の首長やイーデンは太守の罠だと警告する。しかし、ライズリは太守の取引に乗ってイーデン母子を釈放するが、太守の罠によってドイツ軍に捕らえらえ砦に収監される。この裏切りに怒ったイーデンは、海兵隊の協力を得て、ライズリを救出すべくドイツ軍の砦を急襲する。



【感想】

 帝国主義全盛の中、各国から蹂躙されるモロッコの現状を打破するために、国際紛争を誘発するために事件を引き起こすというストーリー。アメリカ大統領は、この誘拐事件を政治的に最大限に利用しようと権謀術数を弄する。近代に入ろうとした時期のアラブを舞台に複雑な国際関係を背景にした「時代劇」で「西部劇」といった感じで痛快なアクション作品だった。これほど格好良く描かれたことがあっただろうかと感じるくらい、矜持と勇気を兼ね備えたライズリの格好良さが印象的である。

 劇中では直接対面することのない武装組織のリーダー、ライズリとセオドア・ルーズベルト大統領。2人の考え方は対照的だ。面子を何より重んじ危険を顧みないライズリ。帝国主義の権化のような大統領。

「あなたは風のごとく、私はライオンのごとし。あなたは嵐をまきおこし、砂塵は私の眼を刺し、大地はかわききっている。私はライオンのごとくおのれの場所にとどまるしかないが、あなたは風のごとくおのれの場所にとどまることを知らない」

 ライズリから大統領に届けられた書簡の一節。ライズリが大統領に届けた書簡を読み、立ち尽くす大統領の姿。そして夕日を背景に壮大なテーマが流れるエンディングはぞくっとくるものがあった。